「豊饒の海(三)暁の寺」完全に空振りに終わった第三作・・・
豊饒の海(三)暁の寺 (三島由紀夫、1977年11月、新潮文庫)
あらすじ
時は二代目熱血少年が亡くなってから7年後の昭和15年。弁護士として活躍している本作を通じての傍観者である本多。とある大企業の依頼でタイへ来た時に、初代ボンボン、二代目熱血少年の生まれ変わりを自称する若干7歳のタイの王女と出会う。
前作までの設定と異なるのは、先代の記憶があるということなのだが、それも一度だけ偶然に発した言葉だけであった。これは、本田と読者に三代目を認知させるための場面なのだろう。だが2作目の最後に既に主人公が「南国、女性に・・・」などのうわごとを言っているので、読者にとってはこの王女が三代目であることは容易に想像がつく。問題は生まれ変わりの確たる証拠の脇腹の黒子(ほくろ)が無かったことである。
本作ではここから物語は発展せず、本多のインド旅行記や仏教研究などのつまらない内容がダラダラと続く。そして太平洋戦争を一気にまたいで場面は、戦後までジャンプする。戦後の昭和27年、本多も58歳になっている、明治時代から何代にもわたり引き継がれた訴訟に本多の代で終止符が打たれる。その報酬として、当時の金額で3憶6千万という途方もない報酬を手に入れた本多。富士の見える箱根に別荘を建ててFIRE生活を満喫する。
だが、今作の本多は、前作の熱血弁護士とは異なり、“覗き”が趣味の変態おやじに変貌している。別荘の自室に覗き穴をもうけ夜中に隣室の客人の部屋を覗いたり、過去には東京の夜の公園で覗き生活を送っていた。そこに美しく成長した三代目主人公の王女が日本に留学することになる。ここでは既に先代の記憶は無いという設定になっている。
あろうことか、この三代目に入れ込んでモノにしたいという気持ちを持ってしまう本多。しかも処女のままでは気に食わないらしく、知り合いのイケメン野郎に王女を襲わせるために自分の別荘に騙して連れてくるという、腐れ外道っぷりを発揮する。王女が隣室で襲われそうになるのを除き穴から見て興奮する本多、そしてそこに転生のしるしである脇腹のホクロを確認し愕然とする。王女は寸前のところで男を撃退し別荘から姿を消す。
感想
どうした作者?ご乱心か?という内容である。まったく面白くない。理由は2つある。1つ目は三代目主人公の影の薄さ。まったく活躍せず、完全にチョイ役である。本作の主人公は、どう見ても本多である。2つ目はこの主人公である本多の豹変ぶりに萎える。例えるならドラえもんの出来杉君が年を取って覗き趣味全開の変態野郎に成り下がったという感じだ。「出木杉さんのエッチ~」どころのレベルではない。
1作目も確かにシモの緩い話ではあったが、あちらはお互いに愛し合うという情熱があった。しかし本作では、58歳が20歳そこそこの若い娘に入れ込むという、醜いジジイの欲望だけが前面に出てきてしまっている。そして、最後の終わらせ方も非常に雑である。四作目に期待しよう。
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