この本を読もうと思った理由

 私がこの本を読もうと思った理由は、このタイトルに釣られたからである。「お金の不安という幻想」このタイトルから多くの人は「お金の不安なんて幻想だよ。実はそんなものは存在しないんだよ。心配しなくてもいいんだよ」という内容を想像(期待)しないだろうか。幻想というのは、幻、存在しないモノの比喩である。私もこのように考えて本書を読んだ。しかし、結果は思っていた内容とは違った。

不安の原因は、お金ではなく社会変化

 結論から言うと、「お金をいくら貯めても(ほとんど)意味が無い」というのが本書のまとめである。その理由として、
①労働力(サービスの提供)が無ければ、いくらお金を持っていても意味がない。
 例えば、災害時にコンビニの棚が空なら1万円持っていてもおにぎりは買えない。
②労働力(サービスの提供)が低下すれば、サービスの対価はドンドン高額になる。
 将来老人ホームが全国で10軒しかなければ、1億払っても入居することはできない。

読んでもお金の不安は解決しない

 本書では、我が国の抱える根本的問題点として少子化(=労働力・サービスの低下)を挙げている。私も含め本書に興味がある多くの人が思っている、「お金に関する老後不安なんてウソ。お金なんてそんなに貯めなくても大丈夫」という内容の本では「無い」本書を読んでもお金に対する不安は「解消されない」そういうものを期待している人は、本書を買う必要は無いといえる。

「お金の不安という幻想」(田中 学、2025年10月、朝日新聞出版)

不安を生み出す原因

 「人はなぜ不安になるのか?」、「不安を生み出す原因は何か」が書かれている。それは焦燥感、いわゆる“あせり”である。「みんな投資をやっている、みんな将来に備えている」そういわれると誰しも「自分もやらなければ」という、漠然とした焦りを感じる。その焦りが不安の原因となる。

 不安は冷静な判断力を失わせる。これが一番いけない。一度落ち着いて冷静に考えてみよう。“みんな”とは、具体的に誰なのか?親、親戚、友人を見てみよう、“みんな”すべからく行動しているのか?おそらく答えはNoのはずである。“みんな”というのは、実は誰もいないことが多い。

相手の手の内を知る「不安商法」

 モノで満たされている現在は、これまでのように需要によってのみ販売(供給)することが難しくなっている。誰もが冷蔵庫や掃除機を持っていない昭和の時代は、黙っていてもこれらが売れた。しかし、誰もがすべてを持っている令和の現代は、黙っていても売れない。ではどうやって新たな需要を生み出すか?売り手側もある意味必死だ。そこで考えたのが、焦りや不安を煽る方法である。

・老後には2000万円が必要です。だから、貯蓄から投資へ
・東京限定品、期間限定品
・〇〇とのコラボ商品

 こういう類の事例は、枚挙にいとまがない。商法は皆同じだ。「焦らせて買わせる」相手の手の内を知っておけば、そういったものを見ても冷静に物事を判断できるようになる。「飽きもせずに、またやっとるわ」こういった、冷めた目線が必要となる。

億り人を真似しても失敗するカラクリ

 本書において、この部分は非常に共感できる。昨今の投資で手っ取り早くお金を儲けようという文字通り“幻想”を木っ端みじんに砕いてくれる。

 SNSしかり、書店の投資コーナーしかり、ありとあらゆるところに成功体験があふれている。「〇年で億り人になる方法」もし本当なら、それこそ“みんな”億り人になっているはずだ。親、親戚、友人に聞いてみよう、ひとりでも億り人になった人はいるのか?当然だが答えはNoである。ではなぜ失敗するのか?自分のやり方が下手なのか?本がウソをついているのか?

本書ではその原因を次の様に書かれている
・ひときわ成功した稀有の例ばかりを見ている
・その下にある、幾千万の屍(失敗例)は見えていない

 つまり、宝くじの当選者と同じである。確かに、日本のどこかに宝くじで億を当てた当選者はいる。しかし、それ以上に超大量のハズレくじを引いた人たちがいるのである。そういった人たちの数は目に入らず、当たった人ばかりにスポットを当てている。当選者”ばかり”を集めて「こんなに当選者がいるのだから、宝くじを当てるのなんて簡単」という具合だ。

成功者ばかりのカラクリ

 SNSを見てみよう、周りは投資の成功者だらけだ。「ついに1億達成しました!」、「今月は〇〇万儲けました。」羨ましい話ばかりである。そのような“成功事例”を毎日見さされ続けると、自分でもできそうな気がしてくるのはやむを得ないだろう。それらのカラクリとして

・成功者しか発信していない
・そもそもの成功談がウソの可能性

 人は自分が成功した時だけ自慢したがる。しかし、損をした時は誰も発信したがらない。その結果、発信しているのは「宝くじを当てた人」だけとなる。しかし、そんな事情を知らない人からすれば「みんな儲かっている」⇒こんなに儲かっている人ばかりなら、自分にもできそう。となってしまうのである。

信憑性の問題

 儲けの証拠画像として、よく利益のプラス部分だけ切り抜き画像が貼られているが、あんなものいくらでも細工できるだろう。もやは、信じる方が疑わしい。AIで本物の人間と見分けがつかない動画や画像が簡単に作成できる令和の時代に、数字の羅列を偽装するなど造作もないことだろう。根が純粋な日本人は、性善説で情報を疑うことを知らない。

投資は労働より有利?

 私は知らなかったのだが、「r>g」という法則があるらしい。ピケティさんという経済学者が提唱しているようだ。

rは投資で得られるリターン:4~5%
gは労働で得られるリターン:1~2%

r>gなので、「投資の方が働くより有利」となる。こんなものを見せられたら、多くの人はコロっと騙されるだろう。当然、投資を“させたい側”には、利用されまくっている情報源(ソース)なんだろうな、と思う。

焦りは禁物、まずは冷静に考えよう

 いきなりこんな情報を、証券会社の窓口でビシっとスーツを着込んだ、それこそ信頼“できそうな”担当者に言われたら信じてしまうだろう。しかし、冷静になってみよう、斜に構えて考えてみよう。こんなたった1人のたいした知名度も無い経済学者が提唱した内容が、世の中の“万物を支配する絶対的な真理”なのだろうか?そんなに万能な真理を提唱した人物ならなら、少なくともアインシュタインよりは知名度があってもイイだろう。ピケティさんのこと知っていました?

成功率は考慮されていない

 当然、発信側(売りたい側)は伝えないだろうが、注目すべきは「成功率」である。
①投資のリターンは、4~5%だが、成功率は10%程度
②労働のリターンは、1~2%だが、成功率は100%

 裏には、こういう”意図的”に隠された情報が潜んでいる。リターンは4~5%でも成功率が10%なら、期待値は0.4~0.5で労働よりも劣ることになる。投資で絶対もうかるはウソだし、今の日本で労働して絶対もうかる(お金を得られる)は本当だ。

お金さえあれば助かるのか

 「お金で買えないものは無い。愛情ですら・・・」なんて資本主義の申し子のようなセリフだが、著者は「お金があっても解決できないものもある」と述べている。それが、サービスの終焉である。そして、その原因を少子化による人口減少としている。

バスが来なければ乗れない

 近年、地方都市でのバスの運休、廃止が問題となっている。運転手が確保できない、採算が合わない、こういった理由で地方のバス運行が次々と廃止に追い込まれている。こうなると、いくらお金を持っていてもバスに乗れない(サービスを受けれない)という理屈だ。お金で解決できない事例である。

 もっとも、バスの通っている都市部に引っ越せば(そのお金があれば)サービスは受けられるのだろうが、本質的なところはそうではない。今後の人口減少により、ますますサービスの提供の場は限られてくると警鐘している。そのような未来ではお金だけ持っていてもだめだ、というのが筆者の主張である。だが、お金が無ければそれ以前の問題では?という部分にはあまり触れられていない。

結論、お金の不安は解消されたのか?

 結局、本書を読んでお金の不安は解消されたのか?と聞かれると、私の答えはNoである。本書の場合、幻想を取り除くためにその先にある正体(根本的原因)をハッキリと明らかにしよう、というのが趣旨で不安を解消する気はないようにも受け取れる。

 筆者自身「老後の不安とは、個々でお金を貯めて取組むべき問題ではなく、“人口減少対策”という国が取り組むべき問題である」と述べている。筆者の主張はあくまで、「個人が頑張るのはおかしい、人口減少(労働力不足)が問題だ。そしてそれは、国レベルである」となる。

国に期待できないからこそ

 国に任せていてもなぁ。。。というのが、私を含め多くの人の感想ではないかと思う。国がグダグダだから、個で頑張ろうという雰囲気なのに、国が取り組むべき問題といわれても、期待はできない。それは、現状の少子化対策を見てもよくわかる。

 結局、読む必要は無いかなというのが最終的な結論である。